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2006年11月 9日 (木)

政治より民間主導の時代

11/9「政治より民間主導の時代」

2006年11月9日(木)―2006年11月10日(金)

予定
総括 「政治より民間主導の時代」
需給「株高円安、株安円高」
テクニカル「クロス円がボリジャー天井に」
リスク「リスク(想定済みにしてビックリしてはいけない)「長引くイラク、日本の政局、イラン、パレスチナ、日中問題」
当局orうたかた無常「ユーロ円介入の難しさ」
ID為替「輸出も円安を好まず」
横浜湘南便り「米国全勝は72年ぶり」

ドル円116.50-119.50 ユーロ円149-152 

FX湘南IG(FSIG 代表 野村雅道(事務所 田園、山下、伊豆稲取)中京大学講師 
日経インデックス2000年=100) 11月8日東京引け 前回 11月2日からの変化 円84.4若干弱し、ドル89.7同、ユーロ123.1若干強し(1月4日 円87.9 ドル91.5 ユーロ120.0)11月8日ドルインデックス IN NYBOT85.47若干強し、CRB313.23強し、CRUDE OIL59.83、日経平均ドルベース 11月8日東京引け137.89IMM円投機筋 10月31日 円-59600(前週比+77690)ユーロ+60048(+32897)
 
1、予定

(今週の予定)

6(月)独 製造業受注、ユーロ圏 PPI、
7(火)日 福井総裁講演、独 鉱工業生産、米中間選挙
8(水)日 景気動向調査、豪中銀キャッシュターゲット、独 経常収支、
9(木)日 マネーサプライ、景気ウォッチャー調査、NZ3Q失業率、豪 雇用統計、ECB 月例報告、米 貿易収支新規失業保険、ミシガン大消費者信頼感指数、
10(金)日 機械受注

(来週の予定)
13(月)日 企業物価指数、国際収支、消費動向、
14(火)日 3QGDP速報、独 GDP速報、ZEW景況指数、ユーロ圏GDP速報、米 PPI、小売売上、FOMC議事録、セントルイス、ボストン連銀総裁講演
15(水)日 日銀政策決定会合、第3次産業活動指数、米 NY連銀景況指数、
16(木)日 日銀政策決定会合、総裁会見、金融経済月報基本的見解、ECB理事会、米 CPI、証券投資、鉱工業生産、設備稼働率、フィラデルフィア、クリーブランド、セントルイス連銀総裁, FRBクロズナー理事各講演
17(金)日 金融経済月報全文、ユーロ圏 鉱工業生産、貿易収支、米 住宅着工、クリーブランド連銀総裁講演
18-19 APEC首脳会議、G-20(メルボルン)

2、総括「政治より民間主導の時代」

ラムズフェルド国防長官辞任、素早い対応、信賞必罰だが、残り2年ブッシュ大統領も苦しい。金成日、チャベスなど世界の反米派もほくそ笑む。  選挙がどうなろうと、天災が訪れようと、少々のテロまがいのことが起きようが、相場はその時点の米国経済ファンダメンタルズの動きに基づいて動く。今回の米国中間選挙で民主党が優勢となったが、それでマイクロソフトの収益が落ち込むわけでなく、GMやフォードの収益が急回復もしない。住宅減速も政局とは関係なく、減速し、底打ちするだろう。地区連銀総裁達のインフレ懸念も変わらない。

 相場における政治の影響力は小さくなってきている。小泉さんで景気が回復したとも思っていない。民間がこれ以上不良債権を放置すると自滅するのでリストラを推進したり、中国の急成長があっての回復だったのだろう。暫くは不良債権も積み上がらず、中国も景気が急激に落ち込むことはないので安倍さんやその次の首相も安泰だろう。

 米国はグリーンスパン議長が4Qの住宅減速底打ちを示唆した。取りあえず小さな指標だが昨日発表された11月3日までの週の住宅ローン申請指数は8.8%上昇した。ただ現場にいる住宅建設のトールブラザーズの社長は「回復の兆しがない」としている。まだまだ目を離せない。
 
3、需給 「株高円安、株安円高」

 ここ3ヶ月を見ていると、日本の株高では円安、株安では円高に反応している。3ヶ月のチャートを見るとリズムが似ている。9月から10月に株価が15000円から10月24日の高値16901円へ向かうときに円は116円から119円へ円安となった。そこから今は株が16200円へ下落しているが、円は119円から117円へ上昇した。そういうことはしばしばある。バブル真っ只中では株価が3万8900円に向かう時には円は120円から160円と円安、その後株価は長期低迷期に入り7600円まで下落したが円は概ね円高推移した。円高を阻止するためのその間の円売り介入額は膨大となった。介入なかりせば、1ドル=50円程度まであったかもしれない。

 株はファンダメンタルズ通りに動くが円はファンダメンタルズと逆に動く例は多い。景気がよければ外貨投資で円売り、景気が悪ければ外貨投資の余裕はなく、逆に円が欲しいために外貨債権(株、債券、不動産、商品)を売って円買いとなる。
   
4、テクニカル「クロス円がボリジャーバンド天井に」

ドル円は小動きだがクロス円はカナダ円やスイス円を除き、ユーロ円、豪ドル円、NZ円でボリンジャーバンドで上限にあり、かつ陰線を出しているので様子見あるいは円高方向へ調整があってもよい。ただドル円、クロス円ともに大きく下がると下ヒゲを伸ばして戻ってくる。団塊マネーの影響か。

5、リスク(想定済みにしてビックリしてはいけない) 「長引くイラク、イラン、パレスチナ、日中問題」

 北朝鮮暴発(北朝鮮開国?)、イラン、地震、日本物格上げ、米国物格下げ、貿易戦争(FTA)、米軍イラク撤退、領土教科書靖国問題、アジアでのテロ、イラク混迷、英国ポンドのユーロ入り、日銀総裁辞任

6、当局orうたかた無常「ユーロ円介入の難しさ」

日欧当局のユーロ高円安の口先介入が続くが、どうやら欧州はユーロの問題というより景気回復下の円安に問題があるとしている。ユーロの水準を変えずに円高にして欲しいようだが、これは技術的に難しい。ユーロを円高にするためにそれほど歴史的に見て円安になっていないドル円でのドル売り介入も時期尚早だ。ドル売り介入は126円が最低水準であったので、118円や119円では出来ないし、やれば望まない100円割れへも繋がってしまう。

 ユーロ円介入はこれまでもあったが、それはあくまでドル円介入やユーロドルの介入の補完であったので、今回市場が思惑するユーロ円主導の介入(ドル円介入がともなわない)は、難しい。前例がないことだけに官僚は躊躇するだろう。

また国民にとっても円安介入を急ぐ声は、円高と違って盛り上がることはない。収益的にも輸出企業や個人投資家には心地よいものだからだ。日欧の連携プレーが出来るかどうかである。ただ最後の最後は当局が出てきて様々な手段を駆使して勢いを止めることも頭の隅に起きたい。
 ドル円が125円以上ならスムーズにその挙に出ることが出来るが、やはりここ数年のトレンドとしてのドル安円安がクロス通貨に絡み今までの単純ドル円介入を阻んでいる。2000年からの水準を見ると最近はユーロ円、豪ドル円、NZ円は70%から100%の円安になっている。ドル円でそんなことになっていれば大騒ぎだが、クロス円は黙認される。そのお陰で98円年発足の証拠金でのスワップ金利取りが潤っているのは確かだ。 
     
7、ID為替「輸出も円安を好まず」

 1980年代の1ドル240円台から現在の110円台まで米国自動車業界は常に「円安過ぎるので米国側が不利」だという。一方欧州の自動車業界からは苦情を聞いたことがない。少々のいや大きな相場変動にもかかわらず、欧州車は日本で売れているからなのか。欧州車は小ぶりなものも右ハンドルも多い。米車も小さいめのものも少しあるが、大型で日本人仕様にしていないものも多い。ムスタングなどは米国にいるときは小型車だと思っていたが、幅は186センチほどあり、大型の部類だ。小ぶりならもっと人気が出ると思う。為替より米国の販売努力の無さが販売不振の原因だと思っていたが、欧州車が南アなどで製造しているなら必ずしも我々が見ているユーロなどの主要通貨の円安とは関係がないかもしれない。
 ホンダやトヨタの社長が時々円安を懸念するが、彼らも米国を始め世界各国で車を製造しているので、円安が逆に都合が悪いこともあろう。近いうちには、どこの車も中国製にもなりかねない。輸出業者なら円安を好むという昔の常識は通用しなくなることもある。

   内需拡大-規制緩和-市場開放-小政府-財政均衡-自己責任-公明正大   50―超円高-100―円高-150-普通円-200―円安-250-超円安-

 「世界一のデフレと物価高の共存が日本の弱点」「国を選ぶ時代」

FX湘南社是 「面白く正しく」 
FSIG FX湘南投資グループ 代表 野村雅道 中京大学講師
(事務所 横浜田園、山下公園、伊豆稲取)

8.「付録 *横浜湘南便り*」 

「米国全勝は72年ぶり」P1000069_2

 日米野球は米国の5戦全勝となった。米国全勝は72年ぶり。1934年(昭和9年)以来だ。小学校の時に読んだベーブルースの本を思い出した。

当時は日本にはプロはなく社会人選抜。18試合(米国の全勝)も戦ったが米国の打力でワンサイドゲームが多かった。ただそのうち勝てそうだった第10戦は日本が0-1で敗れている投手戦であった。場所は静岡草薙球場、日本の投手は沢村栄治で米チームから9三振を奪った。確か、ベーブルースが米国が打てなかった沢村のドロップ(ルースも三振)を投げる時に唇を噛み締めるクセを見抜いて、その教えで、ゲーリッグが決勝ホームランを放ったと聞いている。これが契機となり日本にも大日本東京野球倶楽部(現巨人)が誕生した。沢村も入団、米国遠征で全56試合のうち30試合に投げ24勝した。日本ではノーヒットノーランを3度達成。

 日本のメンバーは二出川、矢島、苅田、夫馬、山下、水原、久慈、新富、沢村など。沢村は17歳だった。出征、野球を繰り返し27歳で乗船した輸送船が米軍に台湾で撃沈されて帰らぬ人となった。

 またベーブルースは長い船旅が嫌で日米野球参加を渋ったが、鈴木惣太郎がルースが題材の日米野球のポスターを見せ「日本のファンはあなたがやってくるのを待っています」と説得、来日の快諾を得た。そのポスターは野球博物館に展示されている。ちなみにルースが泊まったホテルは弊社前のチャップリンも泊り、マッカーサーの宿舎にもなった「ホテルニューグランド」である。P1000022_15 P1000052_6

 (写真=ID為替の項より、①スウェーデンの家具屋「イケア」屋上から見たヤナセの車庫に数百台並ぶベンツ。でも南ア製か。付近にはドイツ学園もあり港北インター近辺も国際的になったものだ、②、③1934年に船で来浜したルースもゲーリックも宿泊したホテルニューグランドは1927年に前身のグランドホテルから関東大震災を経て再建された。壁のモニュメントには1927と彫られている)。

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